カテゴリ:日々の毎日の空気( 20 )

~*
ベッドが飛ぶわけありませんっ!



小さい頃、ぼくは母親にこんなことを質問した。
「ねぇ、ベッドと布団とでは、どこがどう違うの?」

母親はこう答えた。
「ベッドはね、寝ている間に空を飛ぶんだよ」

「ふ~ん・・・」

ぼくの家から見える同級生のコイデ君はベッドで寝ているというけど
じゃあコイデ君もベッドで寝ているうちに空を飛んでいるのかな?

そのようなことをたずねたら「そうだ」と言うじゃありませんか。

でも、窓は?
ベッドが窓の鍵を開けて飛んでゆくのかな。
まさか、寝ていながら窓の鍵を開けるなんて、しないよね。

それに関しても、ベッドなんだからどこにでも飛んでゆけるんだ。
確信をもってそのような云い方をぼくにした。



大人というものは子供に対してならば、
ずいぶんと自信を持って言うものだなぁと、思った。



その日、母親といっしょに観ていたテレビにベッドのCMが流れた。
フランスベッドという、今はあるのかないのかわからないけれど
以前は六本木にあったのを覚えている。

そこではなんと、CMの中ではホントにベッドが空を飛んでいたのだった。
夜寝ているうちに、ベッドは家の中から外に、
窓も開けずにそのまま壁をすり抜けて飛んでいるシーンが流れた。

そのベッドに寝ている子供はぐっすり寝たままである。
寝ながら鍵なんて開けてはいない。
あんなに飛んでいるのに、掛け布団だってみだれていないぞ。



まるでぼくは催眠術にでもかかったかのようになった。
母親の言ったことはホントだったんだっ!

「う~ん。ホントだね」
ぼくはテレビを観ながら大きくうなずいた。



小さい頃に言われたことは、大きくなった今でもひきずっているものだ。


他にも、
「あなたは蛇年の生まれだから、水のそばに行くとオシッコがしたくなる」

「手を拭いたタオルはちゃんと掛けておかないとお化けがやってくる」

「水の中で溺れて死んでしまう人もいれば、水と書いた字の上で転んで死ぬ人だっているんだよ」



などなど、どうでもいいことばかり、吹き込まれたぼくですが
この「水のそばに~」だけはなんとかして欲しいものだ。

毎日のように、言われたその通~りに、身体が反応してしまうのだ。
ゆっくりキッチンで料理や洗い物ができないじゃないかっ!


そうなってしまうたびに、

あぁ、もうっ!
なんとかしてくれーーっ!
こんなものが、ぼくに遺したものかいっ?



不便な催眠術をかけられたままの日々をぼくは送ってぼくですが、
もちろんこれがホントに母親からの催眠だかどうだかは今でもわからない。
人の身体はそのように出来ているのかもしれない。



あーぁ。

こんなの、笑うに笑えないのであります。

ということで、変なハナシをおひとつ、でした。





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by shirano-yu | 2014-05-06 07:38 | 日々の毎日の空気
~*
空気のスピリットさんに、救われ、マシタ。



ナニカト、辛いとき、アッタ。

ココロ、折れちゃったことも、アッタ。



ソンナトキ、自分のカラダを観察して、ミタ。

カラダに緊張が入ってガチガチ、なのがワカッタ。

ソレデ、チカラ、抜イテミタ。

ソウシタラ、5パーセントくらいは、楽になった、ヨウナ。



デモ。

ソレデモ、まだホントの元気じゃない、ナ。

トイウノハ、わかってイル。

ソレデ、ココロやキモチを、ぐっ~っと、前に、向ケテミタ。

ナニカに、向ケテミタ。

ソウシタラ、弱って、引っ込んだ自分から、離れることが、デキタ。



カラダからチカラを抜キ、ココロは外に離せばイイのが、ワカッタ。

コレは、カラダとココロの法則。

アト、もうヒトツ。



エネルギーが、まだ、ナイ。

コレが無いと、ダメ。

エネルギーは、いのち。



息ヲ、吸って、ミタ。

吸って、ミタ。

ナンドモ、ナンドモ、ネ。

吸って、止めて。

サラニ、吸って、止めて。

これを、百回。



だんだん、カラダにエネルギーが入って来るのが、ワカッタ。

息ハ、生きだ。

生きるためは、息だ。

息ハ、空気。



空気ハ、毎日、必要。

空気ハ、息、生き、ダ。

コレが無くなると、生きヂャナイ。



百回、息を吸って、助カッタ、助カッタ。

日々の毎日。生きるために、空気。



空気のスピリットさん、いるんだね。

コレデしばらく、生きて、ユケソー。

スピリットさん、ありがとう。





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by shirano-yu | 2014-05-05 07:19 | 日々の毎日の空気
~*
瞑想は、ふたりのためにもなります。



静かに、ふたりは向かい合っています。お互い見つめ合っているというわけではありません。特に意思を通じさせようとしているようにも見えません。お互いが、違和感の無いように、自然にリラックスしているように見えます。



だいたい、リラックスというのは作為的にやってしまうと、かえってお互いが緊張してしまう空気感を作ってしまうことにもなりますが、このふたりはとっても自然にリラックスが出来ています。



片方の人は瞑想が出来る人です。もう片方の人は、まだ初心者です。瞑想を出来る人が、目の前の相手の人への存在を自然に気にしながら、そのまま瞑想に入ります。もう片方の初心者の人は、何もしないでただそこに座っています。いっしょに同じ空気にいることだけを大切にしながら、そこにふたりがいます。



たったいま、瞑想を出来る人は瞑想に入りました。初心者の人は意識的には何もしていません。瞑想の人は、身体のチカラを抜いて、ゆるゆるになっています。初心者の人は、何もしていません。しかし、外からこのふたりを見ていると、ふたりとも瞑想に入っているように見えます。というか、ちゃんとふたりとも瞑想に入れています。何もしていない初心者の人も、瞑想をする人の波動をそのままもらって、いっしょに瞑想に入っているのです。



その証拠に、初心者の人の身体も、瞑想の人と同じように身体のチカラが抜けてゆるゆるになっているのです。身体の中はまるで液体のよう。瞑想の人は、身体の内部にエネルギーの回転をおこし、これは気のエネルギーがまわっているのでしょう。すると、数秒後には、初心者の人の身体にも同じ気のエネルギーの動きがあらわれました。



どうしたことでしょう。瞑想の人がどこかしら身体を動かすと、その動きはそのまま初心者の人も同じように動きます。というか、動いてしまっているように見えます。動きがそのまま写ってしまっているかのようです。



まるで、見えない糸で動かされている操り人形のように。瞑想する人が右に動けば、初心者の人も同じように。左に動けば、同じように初心者の人も。ふたりいながら、ひとつの意識でつながっているかのようなのです。空気がつなげるふたりの意識。ふたりの間にはいったい、何があるのだろう。



と、ぼくはここまで書いてきて、気が付いた。



こうやって、ふたりが瞑想に入っている様子を文章で書いていたのだが、ここで気が付いた。



それは、「この瞑想っていうのは詩そのものだったのだっ!」ということに気が付いたのでありました。






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by shirano-yu | 2014-05-04 09:50 | 日々の毎日の空気
~*
宇宙に入ってゆくためには「パートナー」が必要です。



ここでいう「宇宙」とは科学者たちが望遠鏡で見ているあの宇宙ではありません。世の中には同じ名称で違う対象を指して説明していることが多いものです。ですのでぼくが宇宙のハナシをするときはちゃんとこういうのを「宇宙」と言うよと説明してからハナシを進めてゆくことにしているのです。意味をお間違いになられて、後からお話しを修正するのはとても大変ですからね。



それで、ここでいう「宇宙」とは、すべての方の意識が集合しているところをそのように呼んでいます。今現在に地球にお住まいの方々も、今まで地球にお住まいだった方々もこの宇宙につながっています。肉体が無くなっても宇宙には住めますし、肉体が有っても意識としてつながっております。「宇宙=意識集合センター」と考えてもよろしいかと思います。



では、その宇宙とやらに行くためにはどうしたらいいの?とたずねられますが、宇宙に行くための乗り物はまだありませんし、そんなツアーも見たことがありません。宇宙は、死んでから行く「あの世」と決めつけるものでもありませんし、いややっぱり宇宙は「あの世」だともいえます。逆に、もしかして宇宙こそ「この世」の中の最上の「この世」ともいえますし、宇宙は、遠い場所にあるともいえるのですが、いやいや宇宙ほど身近な場所は無いよともいえます。



えーい!それって、いったいなんなのよっ!



そうですよね。そう云いたくもなりますよね。先ほどからぼくはワケのわからないことばかり書いておりますね。宇宙に「理性」だけで入ってゆくことはできませんし、「人格者」だからといって入れるわけでもありません。いろいろなスピリチュアルなことを学んだからといって宇宙を知っているともいえません。スピリチュアルなシゴトをしている人の中にはたくさんのメソッドを学んだ方が多いと思いますが、だからといって「技法」さえ持っていれば入ってゆけるというところでもないのです。



じゃあ、なんなのっ?答えをハヨ!いいなはれっ!



ごらんのように急かされてまいりましたので、謹んでお答えいたします。えーと、宇宙は「ふたりの間」にあります。「間」にあるのですよ。こんなことをいって答えをはぐらかせているわけではありません。ご説明いたします。人はみんな固有の周波数を持っています。ラジオでも携帯電話でも固有の周波数を持っております。もちろん人だけでなく動物さんも植物さんも固有の周波数を出しておりますが。



ふたりが持っているこの周波数を「同調」させてゆきますと、そこには周波数の「共鳴」という現象が始まります。やがてふたりは共鳴効果により「ある種の空間」に包まれてゆきます。お互いの間の空間が響き合うのです。これは目の前に相手の人がいて出来るわけですが、波長を合わせるだけでしたら電話回線でも出来ます。メールででも不可能ではありません。距離はあまり気にする必要はありません。



見方によってはこの状態のことを「愛」といえるものかもしれません。宇宙では「愛」と「愛じゃないもの」としての仕分けしかありませんので、宇宙に行くには「愛」であることが当たり前といいますか、これが普通の共通言語ともいえるのです。しかし人間界でのいわゆる男と女の間の「愛とも呼べるかもしれないある種の感情や欲望」などは宇宙に持って行っても「愛じゃないもの」に切り捨てられてしまうかもしれませんのでご了承願います。



自分と相手が同調して共鳴にまで入ってゆくには、相手の周波数を一度自分の中に取り込んで自分の周波数と混信させ、その後また整流させます。そうすると、ふたりの間には新しく「両者共有する周波数」というものが発生します。これは自分でも相手でもないけれど自分でも相手でもあるという、両者の間に生まれる周波数、つまり、「第3の周波数」なのです。



この「第3の周波数」が生まれる原理こそ、すべての存在が集合されている「宇宙」の仕組みなのです。ここはみんながつながっている場所なのですが、しかし、いわゆる「場所」という明確な地点はありません。ですので、場所といっても、「空間場」と呼ぶ方がよいかもしれません。



人はみんな「宇宙」とつながることができます。というか、すでにつながっております。



宇宙に入ってゆくためには「瞑想」をいたします。瞑想にはいろいろはスタイルがありますが、ひとりで瞑想して宇宙に入ってゆくよりも、ふたりで周波数を合わせて入ってゆく方が「しあわせ」になれます。ひとりで「しあわせ」になれなくもありませんが、やっぱり宇宙に行くにはパートナーがいらっしゃったほうがよろしいかと思います。



宇宙、瞑想、ふたり、自分と相手、同調と共鳴、しあわせ。



やはり人には、どうしても「パートナー」と「瞑想」が必要だと思います。





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by shirano-yu | 2014-05-03 08:16 | 日々の毎日の空気
~*
ぼくはあなたに「言葉の波動」を使ってしあわせスイッチを入れて差し上げます。



ぼくは地球では「言葉屋」というのをやっている。言葉屋とは素っ気ない名称だが、わざと分かりやすくそう呼んでいることを理解して欲しい。希望としあわせは「言葉」の中にあります。「考える→行動する」というのは、肉体のカラダを持った地球人ならではのパターンだ。肉体があるということは脳を持っているということだが、その脳というのがとてもやっかいなのだ。ぼくも地球に生まれてしまったせいで「脳を持つ」ということがとても面倒なことだと感じている。



たとえアタマやココロで良いことを考えたつもりでも、脳の中でそれを邪魔しているのがわかる。脳はぼくの思い通りにはいかない。ぼくの純粋な気持ちをいつも脳が屈折させる。「こんなことをやったら楽しいな」「こうやればしあわせになれそうだ」などとアタマやココロで思っても、それを脳が邪魔をする。すぐに「そんなことやってもダメだよ」「うまくいきっこないよ」「でもどうやって?」と反論してくる。余計な茶々を入れてくる。



一瞬でもアタマやココロが思った楽しいこと面白そうなことは、その後にすぐ「脳」が「言葉」を武器に、それを壊しにくる。肉体のカラダを持たない宇宙での生活ではこんなことは無い。だいたい行動しないことは考えたりもしないからだ。その代わり、思ったらもう動いている。というか、すでに出来てしまっている。「考える→行動する」の間に「言葉」が入らないのである。地球ではこの「言葉」というのがいつも邪魔をしてくれる。



そのあたり、ぼくは地球に生まれてから考えた。考えた。考えた。どうしてこの地球では希望やしあわせが簡単に成り立たないのかを。その答えは皮肉にも脳と言葉の中に見つかった。いろいろと研究した結果、脳と言葉が悪い存在では無かったというのが分かった。脳と言葉が邪魔をしていたというのも誤解だったというのも分かった。



まずは、このテーブルの上に置かれている「言葉のカード」を選んでみてください。たくさんあるでしょ?あなたの希望に添う言葉。あなたのしあわせにつながる言葉。どうしても叶えたい言葉。たくさんあるでしょ?どうぞ一枚お選びください。お選びになったら、その言葉にまつわることをココロの中で想って見てください。



ここでは「好きな人とつながりたい」というカードをお選びになったのですね。ではそのお相手の方をココロの中で想って見てください。あなたが想ったお相手の方の「波動」がぼくの方にやってきております。ぼくは波動を感じ読み取る「リーディング」というのをいたします。あなたの中から好きな人とつながってしあわせになりたい気持ちが波動で来ています。とてもあたたかい波動です。



お選びになった言葉のカードはあなたに差し上げます。そこからはがしてお持ちになっていてください。あなたからのあたたかい波動をあなたにお送りいたします。ヒーリング波動としてあなたにお送りいたします。差し上げたカードの中にも波動が入りますから「お守り札」になりますよ。もともとこのあたたかい波動はあなたのものです。それをぼくがリーディングしてヒーリング波動にしてあなたにお返しするだけなのです。



どうですか?やさしいオレンジ色の波動ですよ。これはあなたがいままで想っていた希望としあわせへの願いを「波動」にしたのです。あなたがお選びになった言葉とあなたの想いをひとつにして波動化いたしました。これによってあなたの脳の中には願望を実現するためのスイッチが入りました。



希望としあわせは「言葉」の中にあります。これがぼくの地球での仕事です。いらしたお客様に一枚のカードをお選びいただき、その言葉にまつわることを思い浮かべていただいて波動化してはお客様にお返しいたします。感じ読み取ることをリーディング。波動化したものを送ることがヒーリング。このふたつをセットにしたものをリライトメントといいます。これは「書き換える」という意味なのです。



いらっしゃいませっ!



どうぞ、テーブルの上に置かれたたくさんの「言葉カード」からお好きなものを一枚お選びくださいませっ!



今日もぼくは、街のどこかで、インターネットのどこかで、自宅にどなたかがいらして、ぼくは「言葉屋」をやっている。このブログをお読みになられているあなたもどうぞ歓迎いたします。



どうぞ、いらっしゃいませ~*



あなたに「言葉のチカラ」を使ってしあわせの魔法をかけて差し上げますっ~*



地球にお住まいのみなさま。ご来店、心より、お待ちしております。





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by shirano-yu | 2014-05-02 08:22 | 日々の毎日の空気
~*
宇宙からの「しあわせ」振動データをあなたに



おぎゃ~~~っ 

    おぎゃ~~~~っ!

         ~*****っ・・・・☆


はいはいっ~~っ!

いらっしゃいまし! 
いらっしゃいましっ!

えーと、まずはまずは、お誕生、おめでとうござ~いますっ!
あなたあなたさまは無事、当地球にお生まれになられました。
はるば~る、宇宙からようこそでございますっ。
宇宙から見れば遠くに見えても、実は近い地球なのでございます。



まずはじめにご説明させていただきますが、あなたさまがお生まれになられた瞬間のことでございますが、肉体のおカラダの方はこのまま地上でお過ごしくださり、もうひとつの光のデータのおカラダの方は先ほどちゃんと宇宙の方へとお戻りになられました。ふわっ!とね。だいじょうぶですよ。肉体のおカラダと光のデータのおカラダの2枚のおカラダは正しく同時にお生まれになられております。



たまーに、この2枚のおカラダがいっしょに出て来ない場合もありまして、困るんですよね。いわゆるダウンロードミスというものですね。そうなりますと、その度に宇宙に連絡をとって「データに不具合がありますっ!」と伝えて、再ダウンロードしていただきませんとね。なにしろ遠くて近い、地球と宇宙の間柄ですから。いったんは2枚のおカラダをいっしょに降りてきていただいて、その後、ふたつに分離していただいております。ペロリとね。薄紙を剥がすように。



それから、一応、あなた様が宇宙に居たと言うことは記憶から抜いてございます。でないと、あなたさまが一体どちらに生きているのかがめちゃくちゃになってしまいますからね。地球では地球、宇宙では宇宙と、いま居る場所は明確していただいております。宇宙で好きだった人のこともしっかり記憶から抜いてございます。



宇宙で同じフォルダの中にいらっしゃいましたミミヲ君の存在は、もう今のあなたの記憶の中にはありません。こちらの地球で彼に似た人と出会ってくださいませ。当地球では「しあわせ」というのが財産となりますから、このままどなたとも出会いの無い人生ですと、「しあわせ」にはなれません。そこのところ、よろしくでございます。えー、わたくし、地球コンシェルジュのシラーユと申します。この地球で何かお困りのことがありましたらなんなりとー。デハデハっ。



以上は、宇宙から当地球に人の形になって生まれ出た時におこなわれる毎度の説明のシーンでございました。与えられた肉体の衣はあくまで仮の姿。本体の光のデータのカラダは宇宙にあるんだよということをちゃんと理解してもらわないと地球に生きていても不安になるからだ。



たとえば、羽織っている肉体のカラダに何か異変があっても、ほとんどの場合は宇宙にある光のデータ本体の方を操作して治せることがあるので、やたらに病院とやらに行ってはならないと説明を受ける。もともと宇宙に居たのだから、地球で出されるクスリやらシュジュツやらの9割は適合しない。病院で働く者たちは、自分達が宇宙に居たことをすべて忘れている。そう教育されているのだ。



地球に生まれると、社会やら周囲から寄ってたかって宇宙に居たことの記憶を忘れるように教育され洗脳される。宇宙なんかは無い。あの世は死んでから行くところだ。天国なんか無いのだ。この地球がすべてなのだと、仕込まれる。だから病気になったら絶対に病院へ行け!と。



自分が地球と宇宙の両方に同時存在していることを確認するには瞑想の技法を忘れないことである。好きだったミミオ君との交信だって、宇宙につながる瞑想すれば瞬時にアクセス可能である。しかし宇宙にいたミミオ君には姿形がなく、ただの光のデータのカラダだからなぁ。地球では姿形がわからないと確認のしようが無いしね。彼は地球に生まれて来ているかな。地球で出会うイイナの相手がミミオ君かどうかを確かめるにはそのたびに宇宙にアクセスして確認する作業が必要となる。



ところで、今わたしの目の前にいるこの人ってミミオ君じゃないかと、思うんだ。



彼もこちらをジッと見ている。



あんなにジッと見られてしまうと、なんだかおなかの奥の方がキュンとしてしまう。これって、なんだか不思議な地球での肉体のカラダ感覚。これって前に説明を受けた「しあわせ」というものと関係する感覚なのかな。わーん、不思議不思議な感じーーー。



では、このまま宇宙にアクセスしてみよう。わたしは意識を空っぽにして宇宙とつながり、目の前にいる彼のデータを読み込んで宇宙に送った。3秒間あれば、リーディングして宇宙にデータを送って答えがやって来る。わたしは彼をリーディングするために、彼と目線を合わせる。キュキュッ。キュキュッ。3秒は長い。このまま、この3秒が永遠に続け・・・・。



目の前にいる彼にも、わたしと同じところの、おなかの奥あたりから振動が起きているのがわかった。



キュキュッ。キュキュッ。。。



ふたりの間の空間に起きる、キュキュッ、キュキュッの振動。



彼はミミオ君では無いのが宇宙からの答えでわかったが、とりあえず、わたしはこのまま、この振動データで彼と振動共鳴をしちゃおうかな。この振動データは宇宙から降りてきたデータだ。地球の肉体の衣からはこのような振動は出ないのだ。地球では片思いというのがあるらしいが、宇宙ではそんなものはあり得ない。同時両思いか、まるきり合わないかのどちらかだ。それは肉体の無い宇宙だからこそ「振動データ」のみがつながりとなるからだ。



地球にいながら、宇宙がつなげたふたり。



キュキュッ。
キュキュッ。


ピクピクッ。
ピクピクッ。



ふたりは同時に「宇宙」からの振動データで交わっている。





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by shirano-yu | 2014-05-01 10:50 | 日々の毎日の空気
~*
あなたは地球に行ってみたこと、ありますか?



「それでも、宇宙はありますっ!」
誰がなんと云ってもぼくはそう答える。だいたい、こういうことは主観での世界の事なのだから、どうガンコに言い負かせてもいいのだ。あるのかないのかは、ぼくが決める。決められることなのだ。



ここで言う「宇宙」とは、地球上に住んでいるすべての存在が光の意識データとなって集合しているところをそう呼ぶ。ひとりひとりのデータ量は地球のカラダの1兆分の1くらいだから、わずかなスペースにすべての存在データを収容できる。この場所を別名「あの世」とも言えなくもないが、それはあくまで地球での「この世」から見てそう呼ぶにすぎない。



そもそも、こちらの宇宙の方が「本体」であるわけだから、勝手に行った先での地球から自分のふるさとをそのように呼ばれるのはふさわしくない。宇宙の意識はきっとそう思っているに違いない。宇宙側から見れば地球に住んでいる肉体を持つ人間など所詮コチラの分身的存在なのだ。しかし地球から見れば肉体から離れて死んで行く「あの世」でしかない。このようにどうしても両場所は反目し合うのだ。



肉体を持って生きる地球からみれば宇宙はあの世であり、いわゆる死後の世界とも言えるところだ。地球で死んで肉体が無くなればもう1兆分の1の質量のデータとなって宇宙に戻るだけ。今まで地球でお付き合いをしていたみんなからは悲しまれ、お葬式という集会を開かれ、さびしくてえんえんと泣く人もいるのだろう。しかし無くなったのは肉体という衣だけありオリジナルデータは宇宙にある。



地球では肉体が有るのか無いのかで大きな騒ぎになっても、宇宙では元々が肉体が無いデータとしての存在なのだ。だからこれを「本来の姿に戻った」という表現となる。地球ではこれを「魂だけの存在」と呼んでいる。宇宙と地球。どちらも正しい主張だ。しかも宇宙には過去に地球に住んでいた人々のデータだってちゃんとあるのだ。


~*
このように、地球から見た宇宙のハナシと、宇宙から見た地球のハナシとでは、ずいぶんと差がある。ありすぎる。宇宙では肉体のようなものは無い光のデータのような存在なのだから、お互いは一種のテレパシーのようなもので会話している。会話といっても、もうお互いの意識の中はアケスケのミエミエのスッポンポンなのだ。隠すものなんかはない。



肉体の無い宇宙でも、存在していればそれなりに楽しいのだろう。ただ、地球と違って飲み屋街もなく、高級ブティックやコンサートホールなども無い。クルマも電車も飛行機だって無いのだ。戦争も無いし国どうしのいがみ合いもない。相手の中身なんて「データ」だから、ハナシなどしなくてもどんな存在の内容なのかはすべて顔に書かれているというわけだ。



それによって嘘なんか作りようもないのだ。宇宙に住む者はみんな瞑想意識状態で存在している。場所の移動だって想えば瞬時にテレポーテーション。もちろん脚も無ければ手も無いし、あるのは本当に意識としてのデータだけなのだ。いま地球に生きて住んでいる人のデータも地球と同時に存在していて、地球上から瞑想手段を使って交信してくればちゃんと答えてくれている。



宇宙では誰もが地球という存在は知っている。地球のことは簡単に調べられるからどんなところかくらいはすぐにわかる。宇宙ではあらゆる対立や葛藤が無い。自他の区別も曖昧だ。宇宙では地球のように生と死の区別すら無いのだ。そんな宇宙の中でも、男と女の違いだけはある。それにしたがって「愛」と「愛じゃないもの」の区別もついてくる。出会ったお互いの意識が磁石になって引き合えば「愛」となるし、反発し合えば「愛じゃないもの」となる。



出会ったふたりが「愛」の相性であるというのがわかると、両者の光の波動はグルグルと高速回転してやがてひとつになる。ふたりは同じスピンの中で存在してゆくことになる。これをパソコン用語で説明すると「同じフォルダに入る」というのが一番わかりやすいだろう。しかし宇宙でのふたりの暮らしといっても、これ以上のことは無いので、地球で味わう「しあわせ」というのとはまるでほど遠いのだ。


~*
なにしろふたりには肉体いうものがありません。いくら「愛」といっても光のデータと光のデータでの世界なのだからね。ふたりが交わる器官さえも無く、感情を共有する脳も無いのだ。もちろん体温や触感も無い。あるのは磁石のような引きつけ合う現象だけ。その分地球と違って永遠の存在であるわけだが、それ以上の満足感や幸せ感は得られないのだ。これってどうなのでしょうね。さびし過ぎませんか?宇宙で地球と同じような「愛」の活動をしてしまえばエネルギーをものすごく消耗してしまい、そのために永遠の存在としてはいられなくなるというのだ。



さてさて。ここらあたりであらわれ出てくるのが「地球」というところの話題だ。あそこでは男と女はコンナコトやアンナコトをしているらしいよ。宇宙ではそんなのないもんねぇ。でもさ、地球では何十年か生きれば病気というものになったり死んじゃったりするらしいよ。まぁ、死んでもここには帰れるからね。その「肉体」っていうの、ちょっと羽織ってみてみたいもんだねぇ。どんな感じなんだろね。地球上での「しあわせ」って一度味わってみたいもんだねぇ。



もう一度ご説明しておきますが、あくまでオリジナルとしての存在は宇宙の方です。宇宙の光のデータがあってこそ、そこから希望者だけが地球に降りてゆける。だから、まだ地球に降りて行ったことの無い存在はたくさんいるのだ。地球から見れば「あの世」と見える宇宙の方が、実はこちらの方が「本家」なのであります。



「地球に行きたいなー」なんてことを宇宙で想えば、そのまんま、ぴゅ~っっと地球に行けてしまうのが宇宙の便利さ。その代わり、宇宙からは地球のどこに行けるのかどうかは選べないのである。まだまだそのあたりがアナログでございます。どこの国に行けるのか、そして男で生まれるのか女で生まれるのか、どんな顔形姿で生まれるのかが不明なのであります。



どうしても女親のオナカの中から生まれ出ないとならないのが地球の規則であるのだが、その母親すら選べない。それに地球では食生活をしないと死んでしまうので、そのために働かないとならないのであります。そこんとこ、ちょっと不便でありますね。どうしても働くのが嫌いっていう人も出てくるわけだしね。



宇宙から地球に行くだけならばそれは簡単だが、行ってみてから「聞いて極楽・見て地獄」を味わうのはいやですよね。しかしそれでも毎日毎日地球に行く者は後を絶たない。地球に行きたい者はそこはそれなりの理由があるのです。この宇宙には無いあることを求めて地球に行くのでございます。


~*
アチラで肉体を手放すハメになって帰ってきた者が言うには、あのままずっと地球で生きていたかったが、肉体の衣はだんだん痛んでくるし、病院というところに行っても最終的には治らないからね。そして死んで帰って来ちゃったわけだけど、いやー、あそこは「遊び」で行くくらいがいいね。ダメだねホンキになっちゃ。



なにやら地球では何かにホンキになってしまうと辛い目にあうらしい。

えー?ちょいとあんた、いったいナニにそんなにホンキになったのかいっ?

いやぁ、なんだねーぇ、地球での愛ってぇのは、ありゃ、命がけだぜぃ~!

と、熊八っつぁんは地球での愛の生活を思い出してはしみじみ語った。



地球に居ながら宇宙とつながるには瞑想をすれば良い。瞑想をすることで自分の身体が受信器・送信機になれて、宇宙とアクセスできるようになるのだ。それと同様、宇宙からでも地球を知るためにも瞑想をすればよい。瞑想することで地球を実体を検索できるからだ。



熊八っつぁんの、地球での「愛」やら「恋」やらの、それはもう、絵にも描けない生々しいハナシを聞いた女衆たちは瞑想に入って地球検索を始めた。瞑想によって地球での愛の生活の実体とやらを自分にリーディングして疑似体験できるからだ。



ということで、ただいまの時間、宇宙の女衆たちは瞑想に入って地球での「しあわせ」を疑似体験しております。



そして、地球で味わう「しあわせ」たっぷりの疑似体験を終え、女衆たちは一斉に立ち上がってこう言った。



そうだ、地球に行ってみよう~!*





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by shirano-yu | 2014-04-30 08:55 | 日々の毎日の空気
~*
あなたは宇宙に行ったこと、ありますか?



瞑想をするのは宇宙を知るためだという。ここで云う宇宙とは、天文学者を始めとする科学者たちが関心を持っている物理的宇宙のことではない。こちらの宇宙は客観的に観測したり研究したり、世界での共通用語を使って説明が出来るように原理法則を明らかにする対象としての宇宙だ。



いまこのページで書こうとしている宇宙とはそれとはぜんぜん違う無関係な宇宙だ。抽象的で主観的な世界。科学者のいう宇宙のように実在しているかどうかわからない。主観的に実在を感じてゆくべき宇宙だからだ。科学者の見ている宇宙の方は太陽もあるし月もあるし銀河系もあれば太陽系での回転運動だって正しくおこなわれている。ちなみに科学者たちが宇宙を呼ぶには地上100キロ圏を超えればそこは「宇宙」と呼んで良いらしい。いわゆる地球から離れた距離で宇宙と呼んだり地球圏と呼んだりしているだけだ。



瞑想で知る宇宙はそれとはまったく違う。それならばそれを「宇宙」と呼ばなくてもいいのだろうけれど、やはり「宇宙」と呼ぶ以外に良いネーミングも見つからないのだろう。ぼくもなんとなくそう思う。それに、この「宇宙」という名称を使って、片方のある物理的な科学の宇宙ともう片方にある抽象的主観的に感じる宇宙を統一できるのではないかとも考えられる。



宇宙とは、自分と他人の区別もなく、年齢や健康状態の良し悪しの区別もなく、秩序や混沌の区別もなく、善悪の区別もなく、すべてがひとつに溶け合い、すべての存在がつながり合っているらしい。ただ、ぼくは思うのだけど、男女の区別だけはあるのかもしれない。宇宙には肉体の姿形の存在などはなく、その代わりに意識の光のような形の無い存在となっているのだ。それでもやっぱりそこには男女の区別はあるのではないかと思う。



宇宙では、姿形のタイプとしての出会いは無いのだから、意識としての光と光での出会いだ。お互いが出会うと波長やら波形やら周波数やらでお互いを知るのだ。これは素晴らしいと思う。波長には嘘が無い。だから宇宙では嘘と本当の区別もないのだろう。嘘つきはどろぼうのハジマリというくらいだか、これで宇宙にはどろぼうも居ないということが分かった。



しかしこうやって文章だけで宇宙を説明していても、文章を通してでの抽象的なイメージでしか宇宙を知ることはできませんね。アタマで文章を読んだり話しを聞いたり、それを元にして想像力を用いて宇宙を考える。それだけだと実在感というものが伴わない。だからこそ瞑想をしてアタマとカラダをひとつにして宇宙とつながることを体感しようというわけである。



たとえば、宇宙でのひとりのサイズだが、その大きさは地球人と等身大だとしよう。それは光の意識で出来ているデータだ。だけど光なのだから質量は軽い。地球人の1兆分の1くらいの重さだ。光のような輪郭がハッキリしていない存在なのだから、地球人ひとりの大きさのスペースがあればそこんは1兆人が入れることになる。山の手線の1両のすぺーすがあれば、それこそ天文学的数字の人数が入れるのだ。



こう考えると、宇宙って、大きいから宇宙だとか、遠いから宇宙だとは呼べない。もしかしてとっても宇宙はとてもコンパクトで省エネで、ぼくやあなたの隣りや目の前あたりに存在しているのかもしれない。もちろん地球人の通常の肉眼では宇宙は見えないし、光の意識なんかもわかるはずがない。



それで、地球人として生きていながら「宇宙」を知るには、ある次元感覚の意識チャンネルを使うしかない。自分の意識周波数を細かく細かくして発信する。そうするとどこからかからやって来た光の意識の存在がそれを受信する。ふたりの光の意識が同調すればそれはすぐにわかる。それは同性であっても異性であっても、同調されるとわかるのだ、きっと異性との交信が同調されればそこには特別な波形があらわれる。そこは地球人でも宇宙の中でも、やはり「愛」なのだ。



大きなひとつの「マッス」としての宇宙としての存在。その中から人は地球に生まれ降りてきた。マッスから離れて「個」として、姿形を与えられて地球に生まれ降りて来た。それはそれはさびしい気持ちになることだろう。今までは自他の区別の無いマッスの中で存在していたのだから。だから、地球に生まれ落ちてきても、ふるさとである宇宙とつながりたいと思うのだ。遠くにいてもつながっていたい。そのために使う手法が「瞑想」というものだ。瞑想とは自分が送信機・受信器になる技法なのだ。



ぼくは「宇宙」の存在を信じる。



人と人との出会いも、形としては地球上での地球人と地球人との出会いなのだけど、そこにどうしても「宇宙」を間にはさみたくなるのだ。どうしてもここを経由しての出会いをしたい。宇宙を通せばそこには「愛」と「愛でないもの」との違いもわかるからでもある。宇宙の機能は、駅の自動改札機の役目もしてくれている。ここを通さないと駅内に入ることも出ることも出来ない。「愛」と「愛でない」ものを仕分けをしてくれる嘘発見器みたいなものだ。



そこにいる愛し合う人たちよ。

あなたたちは、ちゃんと宇宙を通ってやってきたのですか?






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by shirano-yu | 2014-04-29 09:25 | 日々の毎日の空気
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あなたにも「編集者」が必要ですね?



カキモノをしていて、どうしても誤字脱字をしてしまう。誤字脱字にはあまり自信がない。そのわりにカキモノが好きだ。自分のホームページであってもブログでもあっても、そこに自分の文章を書き入れるという行為が好きだ。日常の出来事やなにかを「これを文章で表現するにはどう書けばいいのだろう?」と考えることが好きだ。



出版社から本格的に本を出すことになれば必ず付けられるのが編集者という存在である。書く人と、それを監視?する人とのコンビで原稿が出来上がってゆく。全体の流れ、段落ごとのチェック、売れる表現やタブーな表現など、すべてチェックされる(というか、してくれる)のだ。もちろん誤字脱字も。



ぼくの知り合いにもモノカキや編集人をやっている人がいて、ヘタなことを書けば「それ書かないで!」とか「こう書けば売れる!」などと、場合によってはかなりのチャチャを入れられるらしい。本だって売れてナンボだから、それはそれでしかたがないのだろう。



ぼくはもう、そんなハナシを聞いているだけでイライラして来る。書く人に自由は無いのか?そこまで言われるのか?もちろんそれも書くジャンルによってだろう。小説や詩などに編集者がアレコレ言うことは無いと思うが、それでも全体の流れに対してはいろいろ言ってくるのだろう。それじゃまるでクチうるさい女房がひっついて離れないようだね。いやだいやだ。



実はかなり以前、ある出版社から本を出そうかなどと考えた。自費出版だ。なぜ自費出版なのかと言えば、こちらがカネを払うんだからアレコレ言わせない、というのが理由だった。それで某出版社がおこなった自費出版の説明会に参加した。しかしハナシを聞いていて、やっぱり本を出すのはやめにした。



それは、そこにゲストとして呼ばれてスピーチしている人たちのハナシを聞いてそう思った。そのゲストとは、その出版社から本を出した人たちだ。本来ならばその人は自分のお金を払って本を出しているのだから「お客様」のはずなのに、まるで本を書いた人の方が出版社の「信者」にでもさせられていつかのような話し方だったのだ。まるで出版社の方が「本を出させてやるんだ」というように見えた。ゲストの「おかげ様でこうやって本を出させていただきました」というあたりに嫌気がさして来た



順番で、参加者ひとりひとりがその社の編集者らしき人と対面の説明を受ける。どんな内容のどのくらいの予算で本を出したのかなどだろう。順番がやってきてぼくも受けた。その時の、説明する人間の上から目線にぼくはむかついた。カネはこちらが払うのに、まるで「本を出させてやる」という態度にぼくは切れた。言うことは言った。いいか。カネを払うのはこっちだ。オレの言うとおりにちゃんとやればいいんだ。いいからオレのハナシを聞け!と。編集者らしき人は何も言い返しては来なかった。



書く人と編集者とは「相性」が大切なのだろう。相性の悪い相手から一言でもなにか指摘されればすぐに機嫌が悪くなるぼくだから、何を言われてもハイヨハイヨっ!て言える相性でないと、きっとすぐにひっくり返すだろう。



ちょいと、おまいさんっ!

この字が間違ってるよ。

この書き方は、なんだね?



などと言われて、それを素直に受け入れられる自分がそこには必要だ。もちろんそうさせてくれるにはそれなりの編集者でないと無理だろう。だいたいは書く側がコドモなのだから、編集人はオトナでないとね。そこんとこちゃんと踏まえた上じゃなければそんな自分にはなれないものだ。どうしても「相性」が大切。モノカキと編集人はまるで夫婦のようだ。



あなたにはそういう人いますか?



ぼくの場合、誤字脱字なんかじゃ済まないほどの「誤人生・脱人生」をしてきた。あちらこちらで問題を起こし、取り返しのつかないことになったことなど数知れず。今でもそれはひきずっていて、計算上、なまじ解決しない方が良いことがわかるものだから放置しているが、実はあれやこれやのそんなことをかかえたままだ。未だ編集が「完」にはなっていない。



ぼくの中には直せる誤字脱字と、もう直せない誤字脱字がある。

直せない誤字脱字の方は、そのまま直さない方が面白い文章構成となっております。

直せる誤字脱字の方は、そこにはやさしい編集者さまが必要となります。こちらの方は言われたまま素直に直しますのでどうぞよろしくでございます。



えーと、では。
本日はこれにて。
乱筆乱文、誤字脱字、失礼いたしましたっ!





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by shirano-yu | 2014-04-28 07:50 | 日々の毎日の空気
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対象の相手そのものになってしまう、しあわせ術



きのう、夜遅くからテレビを観た。ニューヨークに住む日本画家が出ていた。その人はよくテレビには出ているのを見ているので作品も知っている。山を描いたり滝を描いたり崖を描いたりしている。白い下地に墨で描く。スプレーで描く。筆で描く。大きなキャンバスに描く。普通の住居にはとても置けないくらいの大きさの作品。まるで山の大きさであり滝の大きさであり、崖の大きさだ。



「それでね、ぼくが滝を描くときは、滝そのものになっているんですよ」と話す。作品を描くというのは決して「自己表現ではない」というのである。客観的に「ああこれを描こう」という描き方ではないのだという。「描く」のではなく、すでに自分がその対象そのものになっているというのだ。本物の芸術家の言う、自然なひとことに感動した。



何気ない一言。それは「描画技法を使って描く」というレベルではないと感じた。だいたい「何かを見て描く」いうのは、とても客観的なことだ。それだといわゆる「写生」という段階だからだ。この人の場合はその段階を百万段くらい上にある「対象そのものになる」という境地だ。



自分の意識が自分から抜け出て相手対象に乗り移る。そうなるとそこには「描いている自分」がいなくなって、描いている対象そのものになっている。その意識のまま、自分から抜け出た意識が自分の身体を使って描くという行為を誘導する。これは禅や瞑想や密教的世界で言うところのサマーディ。日本語でいうと三昧。



仏教系ではやたらに「愛」という言葉は使わない。なぜならそれは「単なる感情」と見なされたり「ただの欲望」と切り捨てられるからだ。それよりも、自分と対象がどのくらい「ひとつになっているか」を問う。感情や欲望ではなく、自分から抜け出てそれとひとつになること。その境地をサマーディと呼ぶ。それは自分と対象の「ため」でもあるからだ。



試しに、なにか対象物を目の前に持って来て、ずっと向かい合ってみよう。もちろん静かな気持ちでね。初めはただジッと見ていてもよい。なんとなく眺めているくらいでもいいだろう。緊張したり、飽きてしまったり、眠たくなったり、落ち着かなくなったりしてくるものだ。



対象物を見ている自分と、自分に見られている対象物そのもの。そこにはふたつの存在がある。このふたつをひとつにすることがサマーディだ。だんだん飽きてくるはずである。飽きたところで、ではその対象物を「好きな人」に置き換えてやってみよう。目の前にあなたの「好きな人」がいます。見ている自分と見るべき相手。好きであればあるほどそこには欲望やら感情やらがおきる。離れて存在していることにガマンができなくなってくるだろう。



コレコレ。「ひとつ」になるのがサマーディだからといって抱きついてしまってはいけません。今は修行のお時間ですよ。そうやって見ていれば見てるほど自分と相手という「ふたつの対立した状態」を自覚する。自分と相手が離れて存在していることに苛立ちを感じてしまうからこそ、ついついオテテが伸びてしまうのだが、いけません。オテテは使わずに「意識」だけで自分と相手を「ひとつ」にしてしまうのがサマーディですよ。



これを「好きな人」を相手に出来るのが一番いいのだけど、やっぱりダメしょ?ということで代用品でおこないましょう。ぼくは公園や森に行って樹を相手にいたします。樹とひとつになります。パソコンの中に入っている画像でよいですよ。ぬいぐるみでも仏像でもなんでもいい。ひとつのもので出来るようになれば、他の何とでも出来るようになる。相手に向かうのではなく「ひとつ」になる。ひとつになればそこには自他の区別が無くなる。たとえ一瞬でも良い。これは体験する価値があります。



自分から意識を離してみること。

離した意識を相手対象に乗り移らせてみること。

そのままひとつになって自分と相手の区別を無くすこと。

すぐに自分に意識が戻ってしまうが、そこをコントロールすること。



これが自由にできるようになりますと、あなたに「しあわせ」がやってまいります。ぼくにもやってまいります。はじめは「欲望」がからんでいても良いことにしましょう。何かをはじめるときには「動機」が必要ですからね。好きなあの人とひとつになりたいでもいいし、悟りを開きたいでもいいし、能力を開かせたいでもいいですよ。こういう時「絵を描く」というのは大変良い動機ですね。不純も消えますし。



いろいろなものと「自分だか相手だかわからなくなる」ようになると、そこに「しあわせ」がやってまいります。自分が自分でなくなり、相手の輪郭はぼやけ、やがてはすべてのものが自分になり、さらに行くと自分が消えてしまうらしい。もうそこには苦痛や悩みが無くなるというのだ。すべて離し、すべてを得る。どうですか。すごそうでしょ?何にでもなれる自分になれるのですよ。



ぼくはこれににわかネーミングをいたしました。

名付けて「愛の百万面相」!





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by shirano-yu | 2014-04-27 09:20 | 日々の毎日の空気

いきなり外の世界に心を向けようとしないで、いったん自分の脳の中に入りましょう。そこには自由で思い通りの世界があります。まず自分の脳の中に入って、そこからあらためてコントロールをするという手もありますから。


by りゅう